「世界金融を支配する舞台装置」行政書士が読み解くシティ・オブ・ロンドンの特異な統治機構とギルドの正体
「世界金融を支配する舞台装置」行政書士が読み解くシティ・オブ・ロンドンの特異な統治機構とギルドの正体
「世界金融を支配する舞台装置」—
行政書士が読み解くシティ・オブ・ロンドンの特異な統治機構とギルドの正体
世界金融の中心地であるロンドン。しかし、法的な視点からその構造を紐解くと、私たちが一般的にイメージする「ロンドン」とは異なる、極めて特殊な自治体の姿が浮かび上がってきます。本記事では、行政書士の視点から「シティ・オブ・ロンドン」の行政的位置づけと、その特異な統治機構について解説します。
1. 行政区画と法的地位の特殊性
1.1 「シティ・オブ・ロンドン」の定義と行政的な位置づけ 「シティ・オブ・ロンドン(The City)」の定義と行政的な位置づけを正確に理解するためには、東京都の構造との対比が最も適切です。結論から申し上げますと、「東京都という広域自治体(グレーター・ロンドン)の中にある、特別な権限を持った『千代田区(特に丸の内・大手町)』」というイメージが、法的・行政的な位置づけとして最も近いです。
構造としては、以下の対比が非常に分かりやすいです。
東京都(全体)≒グレーター・ロンドン(Greater London): 広域行政を担うエリア全体であり、トップは「ロンドン市長(Mayor of London)」です。
特別区(23区)≒ロンドン自治区(London Boroughs / 32区): ウェストミンスター区やカムデン区など、通常の自治体です。
千代田区≒シティ・オブ・ロンドン(The City): グレーター・ロンドンの中にありますが、他の32区とは異なる「別格の法的地位」を持つ自治体です。
このエリアはわずか2.9平方キロメートル(通称「スクエア・マイル」)の範囲ですが、住民約8,600人に対し、通ってくる金融マンが約59万人という、住民よりもビジネスのための街です。地理的には、日本銀行や東京証券取引所がある「日本橋兜町・大手町」のような伝統的な金融センターであり、イングランド銀行やロンドン証券取引所が所在します。少し離れた再開発地区で高層ビルが立ち並ぶ「カナリー・ワーフ」が、東京で言う「六本木ヒルズや港区の湾岸エリア」に近いのとは対照的です。
シティの正式名称は「The Mayor and Commonalty and Citizens of the City of London(ロンドン市の市長、共同体、および市民)」という独特なものです。
1.2 他の自治体との相違点(警察権・司法権) シティは通常の自治体とは異なる強力な権限を有しています。
独自の警察権: シティはロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)の管轄外であり、独自に「ロンドン市警察(City of London Police)」を持っています。特に経済犯罪(詐欺・横領等)の捜査において、英国内で主導的な役割を果たしています。
司法権の長: かつての名残で、シティのトップであるロード・メイヤーはシティ内の「首席治安判事(Chief Magistrate)」としての地位も兼ねており、独自に裁判所を持っています(現在は実務の多くを専門家に委任していますが、法的には司法機能の長でもあります)。
飛び地への条例制定権: シティ・コーポレーションは行政区画外にある「ハムステッド・ヒース」などの巨大な公園(オープンスペース)も所有・管理しています。これらの土地に関する利用規則(ドローン禁止、水泳許可など)は、現地の自治体(カムデン区など)ではなく、シティが制定する「By-laws(バイ・ローズ)」と呼ばれる局所的なルールによって管理されています。
実務執行の最高責任者「タウン・クラーク」:政治的な代表であるロード・メイヤーとは別に、シティには行政実務と事務方の全責任を負う「タウン・クラーク (Town Clerk & Chief Executive)」というポストが存在します 。これは日本の自治体にはない役職であり、企業で言えば「社長兼COO」に相当する専門職です 。この「会長(ロード・メイヤー)」と「社長(タウン・クラーク)」の二元体制が、自治体でありながら「コーポレーション」を名乗る実態を象徴しています。
財政的独立の源泉「シティ・エステート」:シティが他の32区と一線を画す最大の理由は、税金とは別の独立した巨大な基金「私有財産 (City's Estate)」を保有している点にあります 。これは1000年かけて蓄積された不動産収入や投資益からなるもので、ロード・メイヤーの外交費用や晩餐会などはこの「私有財産」から支出されます 。税金を使わないがゆえに、外部から使途を制限されないという極めて強力な独立性の源泉となっています 。
1.3 首長の二重構造と混同への注意 実務上非常に混同しやすい点ですが、ロンドンには「メイヤー」が2人存在します。
Mayor of London(ロンドン市長): グレーター・ロンドンの政治家であり、市民の直接選挙で選ばれます(サディク・カーン氏など)。メディアで「ロンドン市長が環境規制を導入」と報じられる際はこちらを指します。
Lord Mayor(ロード・メイヤー): シティ(金融街)の金融界の代表であり、後述するギルドが選出します。「ロンドン市長が日本の金融庁を訪問」という場合は、こちらである可能性が高いです。
1.4 選挙制度(事業所投票と住民投票) シティの最大の特徴は、「そこに所在する企業(法人・事業所)」にも従業員数に応じた投票権が割り当てられている「事業所投票制度(Business Vote)」です。
投票の仕組み: 選挙では「住民票(Residents)」と「ビジネス票(Business Vote)」が同じ投票箱に入ります。住民有権者(約6,000人)に対し、ビジネス有権者(約2万人以上)が圧倒的に多いため、多くの選挙区では実質的に企業の意向で議員が決まる構造になっています。
住民の権利の限界: 住民は議会議員(コモン・カウンシル議員等)を選ぶことはできますが、組織のトップである「ロード・メイヤー」を選ぶ権利は持っていません。トップを選ぶ権利はギルド(特権階級)に独占されています。
例外エリア: 全25区中、ポーツオッケンやクリップルゲートなど4つの区だけは例外的に住民の力が強いエリアです。ここには巨大な集合住宅「バービカン・エステート」があり、多くの住民が集中しているためです。
1.5 国家への介入権(リメンブランサーの存在)国家の法案を監視できるのが「リメンブランサー」の特権です。
東京都で例えるならば、「千代田区(特に丸の内・大手町)が、東京都庁から独立した強い自治権と独自の警察を持ち、さらに企業が区長を選べるシステムになっている場所」であり、「住民は区議会議員選挙には投票できるが、区長は伝統ある『名誉区民(ギルド)』たちだけで勝手に決める」という状態です。
2. 運営主体:シティ・オブ・ロンドン・コーポレーション
前項の記事ではシティの「場所」としての法的地位を解説しましたが、今回はその運営主体である「シティ・オブ・ロンドン・コーポレーション(City of London Corporation)」という組織そのものに焦点を当てます。
名称に「コーポレーション」とありますが、これは一般的な株式会社(Business Corporation)ではなく、極めて特殊な「自治体(Municipal Corporation)」としての法人格を指します。その内部構造は、日本の役所とはかけ離れた「二元的なトップ体制」と「莫大な私有財産」によって支えられています。
2.1 組織構造(二元的なトップ体制) シティの運営主体である「シティ・オブ・ロンドン・コーポレーション」は、一般の株式会社や日本の地方自治体とは異なる「二元的なトップ体制」をとっています。
ロード・メイヤー (The Lord Mayor):
役割: 法人の代表者(Head)であり、議会の議長です。実質は「英国金融界のアンバサダー」として、年間100日近く海外を飛び回り金融外交を行います。
選出: 任期は1年(再選なし)。ギルド(同業者組合)の代表者たちによる選挙で選ばれます。
序列と特権: 通常、英国の公職は国王の下にありますが、シティの中においては、ロード・メイヤーは国王に次ぐ序列を持ちます。国王がシティに入る際も、儀礼上、ロード・メイヤーの許可(剣の奉呈式)を経る伝統がいまだに残っています。ただし、彼は国王の代理人ではありません。
タウン・クラーク (Town Clerk & Chief Executive):
役割: 法人の最高経営責任者(CEO)であり、行政実務・事務方のトップです。企業で言えば「社長兼COO(実務執行)」にあたります。
選出: 専門職として雇用されます。これは日本の自治体にはない役職です。
2.2 議会構造
コモン・カウンシル(Common Council): 定数100名。日本の「区議会議員」に相当しますが、わずか2.9平方キロメートルのエリアに100名という密度は、ビジネス上の利害調整がいかに細かく行われているかを示唆しています。
アルダーマン(Aldermen): 定数25名。各区を代表する長老議員であり、ロード・メイヤーの候補者プールとなる特権階級です。
2.3 財務基盤「シティ・エステート」 シティ・コーポレーションに「株主」は存在しません。名称に「コーポレーション」とつきますが、これは株式会社(Business Corporation)ではなく「自治体(Municipal Corporation)」としての法人格を指します。
私有財産(City's Estate): コーポレーションは税金とは別の財布として、1000年近くかけて蓄積された不動産収入や投資益からなる巨額の「私有財産(基金)」を保有しています。ロンドン市内の歴史的市場や橋、有名建築物の多くを所有しています。
使途と独立性: この基金が、ロード・メイヤーの豪華絢爛なパレードや、海外への金融外交、晩餐会の費用に使われます。「税金を使わないので、国や市民にとやかく言われる筋合いはない」という独立性の源泉になっています。
注意点: 「シティ・オブ・ロンドン」という名前の投資信託(The City of London Investment Trust plc)は、全く別の民間上場企業です。
2.4 法的正当性と広域行政権(法律を超越する存在)
シティの運営主体が日本の自治体と決定的に異なるのは、その法人格の法源です。シティは議会制定法によって作られたのではなく、中世以前から存在していた既得権が法的に認められた「時効による法人(Corporation by Prescription)」です。
また、行政権の執行範囲も特異です。シティ・コーポレーションは、自らの境界線を越えてテムズ川全域を管轄する「ロンドン港湾衛生当局」として、船舶検査や食品衛生の強力な行政権を握っています。
さらに、英国で最も有名な刑事裁判所である「オールド・ベイリー(中央刑事裁判所)」の建物と運営スタッフを維持・提供しているのも、国ではなくシティ・コーポレーションという「自治体」です。日本の行政書士の感覚からすれば、「区役所が地方裁判所の建物を所有し、その事務局を運営しながら、区域外の河川の衛生警察権も行使している」という、極めて広範かつ変則的な行政事務の委託を受けている状態と言えます。
3. 実質的支配者:リバリー・カンパニー(Livery Companies)
これまでの記事で、シティ・オブ・ロンドンが「特別な行政区」であり、「企業のような自治体」であることを解説しました。では、その自治体のトップ(ロード・メイヤー)を選出し、実質的な決定権を握っているのは誰なのでしょうか?
答えは、住民ではありません。「リバリー・カンパニー(Livery Companies)」と呼ばれる111のギルド(同業者組合)です。
今回は、行政書士の視点から、この組織のメンバーシップ構造と、現代におけるその機能について解説します。
3.1 メンバーシップと階級構造の完全詳細 シティの実質的な支配者は、111存在する「リバリー・カンパニー(ギルド)」です。中世の「織物商」から現代の「国際銀行家」「弁護士」までを含みます。
【メンバー総数と人口統計】 111の組合をすべて合わせた総数は約4万8,000人程度と推計されています。シティの住民数(約8,600人)よりも、「リバリー・カンパニーの正会員(約2.5万人)」の方が3倍近く多いのです。ロンドン金融街の就業人口(約59万人)や英国経済全体への影響力を考えると、極めて少数のエリート・クラブであることが分かります。
【階級構造】 組織は厳格なピラミッド構造を持っています。
マスター (Master / Prime Warden) 【組合長】:
組織のトップ。各組合の代表であり、株式会社でいう「代表取締役社長」や、行政書士会の「会長・支部長」にあたります。
コート・オブ・アシスタンツ (Court of Assistants) 【理事会・役員】:
約2,500人(構成比5%)。リバリーマンの中から選抜された、組織の運営を行う幹部集団です。ここに入って初めて「経営権」を持ち、新しいリバリーマンを承認したり、次のマスターを決める権限があります。
リバリーマン (Liveryman) 【正会員】:
約2万5,500人(構成比53%)。シティの市民権を持ち、かつカンパニー内で十分な貢献や地位を認められた者が、コートによって「リバリー(制服)を着用することを許された」状態です。
権限: この階級だけが「コモン・ホール(選挙集会)」に参加し、ロード・メイヤーを選出する投票権を持ちます。これが政治力の源泉です。
フリーマン (Freeman) 【一般会員・準会員】:
約2万人(構成比42%)。「シティの自由権(Freedom)」は持っていますが、まだ選挙権を持たない見習い・若手層です。
3.2 フリーマンになるための「3つの法的ルート」 リバリー・カンパニーの定款では、以下のいずれかの方法が必要とされています。
世襲による加入(By Patrimony): 「父親(または母親)がフリーマンになった後に生まれた子供」であること。
徒弟奉公による加入(By Servitude): 既存のマスターの下で徒弟として奉公すること。現在は形式的なものが多く、実際に7年間住み込みで働くわけではありませんが、「若手の専門家をメンターが指導する期間」という「若手育成枠」として機能しており、現代の金融マンが徒弟として入る理由となっています。
贖罪(しょくざい)による加入(By Redemption): 「家柄もコネもないが、社会的地位と財力がある外部のプロフェッショナル」が対象です。リバリーマン2名の署名による推薦、面接審査、高額な入会金(贖い金)が必要です。「贖罪」という言葉の通り、過去のしがらみを「贖(あがな)って」入会するという意味合いがあります。フリーマン同士の推薦では効力が弱い、あるいは認められないケースがほとんどです。
3.3 法人の参加形態と「形式と実質の乖離」 原則としてメンバーになれるのは「自然人(個人)」のみです。しかし、現代のシティでは以下の方法で企業が関与しています。
コーポレート・スポンサーシップ: 企業が「自社の役員や幹部社員」を個人として入会させ、その費用(入会金や年会費、寄付金)を会社が負担します。形式上は「ジョン・スミス氏(個人)」ですが、実質は「〇〇銀行の代表」として機能し、間接的に法人の意思が反映されます。
コーポレート・メンバーシップ: 一部の「モダン・カンパニー」では「法人会員枠」を設けていますが、これはあくまで「寄付をしてくれる賛助会員」であり、ロード・メイヤー選挙の投票権を持つ「リバリーマン」としての地位は与えられません。
3.4 構成員の「質」と社会的機能 このリストは「世界を動かすシステムを握っている人々の名簿(Establishment List)」です。
メンバーの例: チャールズ国王やウィリアム皇太子などの王室メンバー(最強の信用保証)、元高級官僚、裁判官、学者、ゴールドマン・サックス等の世界的金融機関のCEO、マジック・サークル(英国5大法律事務所)のシニア・パートナーたちが含まれます。
専門職ギルドの例: 現代には「事務弁護士組合」「国際銀行家組合」「公認会計士組合」「経営コンサルタント組合」「仲裁人組合」などが存在します。もし日本に行政書士のギルドがあれば、「The Worshipful Company of Administrative Scriveners」としてここに加わっているイメージです。
機能的自治: このシステムは「住民自治」ではなく「機能的(職業的)自治」と呼ばれます。株式会社で例えると、「創業家や大株主(ギルド)だけが、代表取締役(市長)を選任できる種類株式を持っている」ような状態です。
3.5 新設ギルドの公認プロセスと行政登録
リバリー・カンパニーは固定的な特権階級ではなく、現代の専門職(フィンテックや広報など)も加わっています。しかし、その公認には「アルダーマン評議会」による厳格な審査を伴う「三段階の昇格プロセス(各4年以上の待機期間)」が必要です。
また、実務上の重要なポイントとして、リバリーマン(正会員)になるためには、組合内部の承認だけでなく、シティの「チェンバレン裁判所」にて「シティの自由権(Freedom of the City)」という公的な市民権を取得する行政手続きが法的に義務付けられています。
これら111の組合と行政の利害を調整するのが、「リバリー委員会」という公式な窓口です。日本の行政書士の視点で見れば、各専門職団体(職能別ギルド)が自治体の公的な認可・登録制度と密接に連結し、委員会を通じて行政運営に組織的に関与しているという、極めて高度な「公私協調型」のガバナンス構造が見て取れます。
4. 主要12組合(The Great Twelve)の詳細調査
前回、シティの実権を握っているのは111ある「リバリー・カンパニー(ギルド)」であることを解説しました。しかし、すべてのギルドが平等なわけではありません。
その頂点には、「グレート・トゥエルブ(The Great Twelve)」と呼ばれる主要12組合が君臨しています。彼らは圧倒的な資金力と歴史的権威を持ち、シティにおける意思決定(ロード・メイヤー選出など)の実質的なキングメーカーとしての地位を確立しています。
今回は、単なる親睦団体とは一線を画す、彼らの驚くべき「行政権限」と「資産」について解説します。
1位:マーサーズ・カンパニー(The Mercers' Company / 織物商) 【筆頭】シティ最大の地主の一つ
歴史と起源: 1394年にリチャード2世から勅許状を取得。彼らが扱う商品は王侯貴族の衣装に使われる最高級品(シルク、ベルベット、金襴緞子など)であり、顧客が「王室」そのものでした。このため他のギルドよりも政治的・経済的地位が高く、1515年に定められた序列で筆頭(第1位)の座を獲得しました。
伝説のメンバー:
リチャード(ディック)・ウィッティントン: 童話『ディック・ウィッティントンと猫』のモデルであり、実在した4度のロンドン市長。彼はマーサーズのメンバーであり、死後、その莫大な遺産をギルドに託しました。
サー・トマス・グレシャム: 王室金融代理人であり、「悪貨は良貨を駆逐する」のグレシャムの法則で有名。彼もマーサーズの一員で、シティの金融ハブである「王立取引所(Royal Exchange)」を設立しました。
シンボル: 「マーサーズ・メイデン(The Mercers' Maiden)」。彼らの紋章や所有物件には、処女(乙女)の像が刻まれています。ロンドンの街中でこのマークがある建物は、すべて彼らの所有物件であることを示しています。
財務と資産(コベント・ガーデンの大地主):
彼らはロンドンの繁華街コベント・ガーデン地区に、約5エーカー(東京ドーム約半分弱に相当するが、ロンドン中心部では広大)の土地を保有しています。具体的には、ロング・エーカー(Long Acre)、ニール・ストリート(Neal Street)周辺の商店街区画(The Yardsなど)が含まれます。これは1530年にレディ・ジョーン・ブラッドベリーから遺贈された土地が起源です。
王立取引所: イングランド銀行の前にある高級ショッピングアーケード。この土地と建物のフリーホールド(自由保有権)は、現在もマーサーズ・カンパニーとシティ・オブ・ロンドン・コーポレーション(自治体)が共同所有しています。
全体の保有面積は40エーカー以上、評価額は約£1bn(約1400億円以上に相当)と見積もられる大規模資産となっています。なお、民間企業の「Mercer(マーサー)」とは無関係です。
教育支援: 名門パブリックスクール「セント・ポールズ・スクール(St Paul's School)」を運営・管理するほか、ロンドン最古の高等教育機関の一つである「グレシャム・カレッジ(Gresham College / 学位を出さず公開講座を行う大学)」を運営しています。
2位:グローサーズ・カンパニー(The Grocers' Company / 食料雑貨商) スパイスや薬種を扱った貿易商が起源
歴史と起源: 名前の「Grocer」は現代の「食料雑貨店」というよりも、「Gross(グロス=卸売り)」に由来し、彼らは小売りではなく大量の商品を扱う「卸売貿易商」でした。1180年には既に存在していた「胡椒商ギルド(Guild of Pepperers)」が前身です。1345年に「聖アントニウス友愛会」を結成し、1428年に勅許を取得しました。
権限: 「王の秤(King's Beam)」の管理権を握り、重量の測定と商品の品質管理(不純物の除去=Garbling)を独占しました。かつては薬種(スパイスやハーブ)も扱っていたため薬剤師も属していましたが、1617年に「薬剤師ギルド」として分離独立しました。
イングランド銀行との関係: 1694年にイングランド銀行が設立された際、同行は自前の建物を持っていませんでした。そこで、グローサーズ・ホールの一部を借り受け、そこを最初の「本店」として約40年間(1694年〜1734年)業務を行いました。初代総裁であるサー・ジョン・ハーブロンは、グローサーズのメンバー(Master Grocer)でした。
財務と資産: 現在の本拠地であるグローサーズ・ホール(プリンセス・ストリート)は、イングランド銀行のすぐ隣に位置しており、この一等地の土地自体が巨額の資産価値を持ちます。
教育支援: 1556年に設立された名門パブリックスクール「アウンドル校(Oundle School)」の運営母体であり、現在も多額の資金援助とガバナンスを行っています。
3位:ドレイパーズ・カンパニー(The Drapers' Company / 毛織物商) 羊毛取引で富を築き、現在は教育支援に巨額投資
歴史と起源: 1364年にエドワード3世から勅許状を獲得。ロンドンにおける「毛織物の独占販売権」を得ました。彼らは布地を測るための公定定規「ドレイパーズ・エル(Drapers' ell)」を管理し、市場(ブラックウェル・ホール)に出回る布の品質と長さを厳格に統制しました。
財務と資産: 本拠地はシティの金融中心地、スログモートン・ストリートにあります。1543年にトマス・クロムウェル(ヘンリー8世の側近)の邸宅を買い取って以来、この一等地を所有し続けています。ホールは映画『英国王のスピーチ』のロケ地としても知られます。
教育支援(フィランソロピー):
クイーン・メアリー大学(QMUL): 現在のロンドン大学クイーン・メアリー校の前身である「ピープルズ・パレス」の設立(1880年代)に多額の資金を提供しました。
トマス・ハウエル教育基金: 16世紀のメンバーであるトマス・ハウエルの遺産をもとに、北ウェールズでの女子教育支援(現在は男女共学のハウエルズ・スクール等)にも長年関与しています。
4位:フィッシュモンガーズ・カンパニー(The Fishmongers' Company / 魚屋) 現在も行政的機能を保持する稀有な例
歴史と起源: 当初は「塩魚商(Saltfishmongers)」と「干魚商(Stockfishmongers)」の二つのギルドに分かれていましたが、1536年、ヘンリー8世によって統合されました。かつては国王エドワード2世と対立するなど、政治的な武闘派としての側面もありました。彼らの歴史はロンドン橋と不可分であり、中世には橋の維持管理にも関与していました。
行政的機能(警察権): 英国最大の魚市場である「ビリングスゲート市場(Billingsgate Market)」において、現在も「フィッシュメーター(Fishmeters)」と呼ばれる検査官を雇用・派遣しています。品質が悪い魚を発見した場合、検査官はその魚を即座に押収し、廃棄する法的権限(1975年サケ・淡水魚漁業法などに基づく)を持っています。また、違反者に対してギルドの名前で刑事訴追を行うことができます。
財務と資産: ロンドン橋の北詰、シティの玄関口とも言える一等地に壮麗なホールを構えており、1434年から同じ場所を所有し続けています。
寄付活動: RNLI(王立救命艇協会)への寄付などを行っています。
5位:ゴールドスミス・カンパニー(The Goldsmiths' Company / 金細工師) 貨幣鋳造検査やホールマーク管理を行う
歴史と起源: 1327年にエドワード3世から最初の勅許を取得。1300年頃から貴金属の純度を検査・保証する「試金(ホールマーク)制度」を事実上運用してきました。「ライオン・パッサント(Lion Passant)」や「レオパード・ヘッド(Leopard’s Head)」などの刻印は、同社の管理下で確立されました。
金融史: 17世紀には、ロンドンの金細工師たちが金銀の保管と預かり証(レシート)の発行を行い、これが後の銀行制度の原型になったとされています。
現代の役割: 現在も英国の貨幣鋳造検査(Trial of the Pyx)を行う法的権限を有しています。
財務構造: 株式会社ではなく、非営利に近い公益的法人(Charitable Trust的性格)として運営されており、美術的・文化的価値が極めて高い歴史的金銀工芸品コレクションを保有しています。
6位/7位:マーチャント・テイラーズ(The Merchant Taylors' Company / 紳士服) サヴィル・ロウの守護者、序列争いの当事者
歴史と起源: 当初は衣服を作る職人の集まりで、騎士が鎧の下に着る詰め物をした防護服(Linen Armoury)や王室の式典用衣装も製作していました。1503年、メンバーであったヘンリー7世が新たな勅許状を与え、単なる職人(Taylors)から「貿易商(Merchant Taylors)」へと名称を変更させました。
序列争い(At sixes and sevens): スキンナーズ・カンパニー(毛皮商)との間で、流血沙汰になるほどの激しい席次争いをしました。1484年、当時のロンドン市長ロバート・ビレスデンが「毎年イースターに序列6位と7位を交代する」という裁定を下しました。ここから、順序が定まらない混乱状態を指す英語のイディオム "At sixes and sevens" が生まれたと言われています。
財務と資産: 本拠地は、イングランド銀行のすぐ近く、スレッドニードル・ストリートにあります。1347年から同じ場所を所有し続けている点が特筆されます。
教育・現代の役割: 1561年に設立された名門「マーチャント・テイラーズ・スクール」を運営するほか、オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジとも歴史的に深い関係があります。また、「仕立て業界のオスカー」と呼ばれる「ゴールデン・シアーズ賞(Golden Shears Award)」を主催し、サヴィル・ロウの技術継承を支援しています。
7位/6位:スキナーズ・カンパニー(The Skinners' Company / 毛皮商) 王族のステータスシンボルを支配、教育事業に特化
歴史と起源: 1327年にエドワード3世から勅許状を獲得。王族や貴族のみが着用を許されたアーミン(オコジョ)やセーブル(クロテン)などの高級毛皮の輸入・加工・販売を独占し、奢侈禁止令の運用にも関わっていました。
和解の伝統: マーチャント・テイラーズとの抗争後、毎年「聖体の祝日(Corpus Christi)」に序列を交代し、両ギルドのマスターがお互いを食事に招き合うという伝統が生まれ、現在も500年以上続いています。
財務と資産(遺産信託): サー・アンドリュー・ジャッドの遺産として、現在のロンドン・セントパンクラス駅周辺の土地などが含まれていました。当時は牧草地でしたが、現在はロンドン屈指の一等地の不動産収入となっており、「トンブリッジの奇跡」とも称される資産運用を行っています。
教育支援: 「トンブリッジ・スクール(Tonbridge School)」などの名門校を直接経営しています。ホールはシティのダウゲート・ヒルにありますが、現在は改修工事中です。
8位:ハバダッシャーズ・カンパニー(The Haberdashers' Company / 小間物商) 「教育のハバダッシャーズ」
歴史と起源: 14世紀にはセント・ポール大聖堂の聖キャサリン礼拝堂で礼拝を行う宗教的な兄弟団として始まりました。歴史的には「小間物」(リボン、ビーズ、ボタン、針、手袋、香水、玩具など)を扱う商人を意味し、1502年に「帽子商(Hatters)」および「帽子製造業者(Cappers)」を吸収合併しました。1448年にヘンリー6世から勅許状を得て法人化されました。
財務と資産: ロバート・アスクの遺産(Aske's Charity / 当時の32,000ポンド、現在は数十億円相当)を核とする教育基金を持ちます。ホールは2002年にウェスト・スミスフィールドに新設されたモダンな建築です。
教育支援: 公立・私立あわせて19校、約12,000人以上の生徒を抱える学校群「ハバダッシャーズ・スクール」を運営しています。サシャ・バロン・コーエンなど多様な著名人を輩出しています。
9位:ソルターズ・カンパニー(The Salters' Company / 塩商) 化学産業との結びつき
歴史と起源: 1394年にリチャード2世から勅許状を取得。当初は塩の取引に加え、亜麻(flax)や麻(hemp)も扱っていました。産業革命以降、塩が化学工業の基礎原料(ソーダ灰など)として重要性を増すにつれ、関心は「食卓塩」から「工業化学」へとシフトしました。
現代の役割: 1918年に設立した「ソルターズ・インスティテュート」を通じ、英国の化学教育カリキュラム(ソルターズ・ケミストリー)に絶大な影響力を持っています。
ホール: ロンドン・ウォール沿いに位置し、著名な建築家サー・バジル・スペンスによって設計されたブルータリズム様式(コンクリート打ちっ放しの力強いスタイル)の建物です。第2級指定建造物であり、2010年代の大規模改装によりオフィス賃貸スペースとしての価値を高めています。
10位:アイアンモンガーズ・カンパニー(The Ironmongers' Company / 鉄器商) 武骨で質実剛健、少数精鋭
歴史と起源: 1463年にエドワード4世から勅許状を取得。当初は「フェロナーズ(Ferroners)」と呼ばれ、鉄製品(車輪のリム、釘、武器、甲冑など)を扱う商人たちの集まりでした。王室への武器供給や軍資金調達とも関わりが深く、「武骨で質実剛健」な気風を持っています。
財務と資産: ホールはシティのバービカン地区にあり、意図的に「チューダー様式(中世風)」で建築されています。『ハリー・ポッター』や『ハイランダー』などの映画撮影に使われることが多く、場所貸し収入も重要な財源です。
ジェフリー博物館: メンバーであるサー・ロバート・ジェフリーの遺産が「ジェフリー博物館(現在のMuseum of the Home)」となりましたが、奴隷貿易に関与した人物の銅像撤去問題を巡る公益信託としての意思決定プロセスが注目されました。
現代の役割: 現代版の「鉄」である材料科学(Materials Science)や冶金学の研究を、シェフィールド大学などで支援しています。
11位:ヴィントナーズ・カンパニー(The Vintners' Company / ワイン商) 酒類販売の特権を保持
歴史と起源: 1363年にエドワード3世から勅許状を与えられ、「ガスコニー(ボルドー)産ワインの輸入独占権」と、居酒屋以外での「小売独占権」を獲得しました。同年の「五人の王の饗宴(Feast of the Five Kings)」では、5カ国の王を招いたという伝説があります。ホールはロンドン大火以前からアッパー・テムズ・ストリートに存在し、「ワイン貿易の精神的な中心地」とされています。
行政的特権: 「フリー・ヴィントナー(Free Vintners)」の特権として、徒弟奉公または世襲によって会員になった者は、「ライセンス(Premises Licence)を取得せずにワインを販売する権利」を持っています。これは現代の「2003年免許法」においても、自治体への「届出(Notification)」だけで済む例外として認められています(金銭で会員権を買った者には適用されません)。
白鳥の所有権: テムズ川の白鳥は伝統的に王室の所有物ですが、ヴィントナーズとダイヤーズ(染物商)の2つのギルドだけは、白鳥を所有する特権を認められています。
現代の役割: 世界最大のワイン教育機関「WSET(Wine & Spirit Education Trust)」の設立(1969年)を主導しました。
12位:クロスワーカーズ・カンパニー(The Clothworkers' Company / 仕上げ職人) 最後にして最強の資産規模
歴史と起源: 1528年、ヘンリー8世の勅許により、「縮絨(しゅくじゅう)職人(Fullers)」と「剪毛(せんもう)職人(Shearmen)」という2つのギルドが合併して誕生しました。粗野な織物を「高級な羅紗(らしゃ)」に変える仕上げ加工(水と粘土につけて叩き、表面の毛羽立ちを刈り取る)こそが、最も付加価値(利益率)が高かったため、巨万の富を得ました。
財務と資産: シティのミンシング・レーン(Mincing Lane)一帯(アイランド・サイトと呼ばれる街区全体)の土地を歴史的に保有しており、特に17世紀以降の不動産ポートフォリオ再編戦略により、シティでトップクラスの資産規模を誇ります。関係者の間では、マーチャント・テイラーズやマーサーズと並び、総資産額でトップ3に入るとも噂される「最後にして最強」のギルドです。
現代の役割: リーズ大学に対し設立当初から巨額の支援を行っており、現在は炭素繊維や産業用テキスタイルなど、先端材料科学の研究支援に特化しています。
以上の主要12組合に共通する強みは、単なる歴史の古さではなく、その「事務局体制」と「福祉インフラ」にあります。各組合には、1年交代の組合長を実務面で支える常勤のCEO、「クラーク(組合書記官)」が存在します。彼らプロの実務家が数十年にわたり組合を切り盛りすることで、行政や政府との一貫した交渉が可能となっています。これは、シティ全体の事務方トップであるタウン・クラークの構造を、各組合レベルでミクロに再現したものと言えます 。また、彼らの資産運用の核心には、中世からの低所得住宅支援である「アルムスハウス(救貧院)」の運営があります。これを現代のチャリティ法(公益信託)に基づき適正に管理・運営することで、巨額の不動産資産を「公的な社会的資本」として保全し、税制上の優遇と社会的な不可侵性を同時に獲得しています 。主要12組合は、教育・福祉・金融の三位一体を通じて、シティのガバナンスを実務レベルで支え続けているのです。
5. 権力と影響力のメカニズム分析
これまで、シティ・オブ・ロンドンが「特別な自治体」であり、「ギルド(同業者組合)」によって支配されていることを解説してきました。 しかし、彼らの真の恐ろしさは、資産の規模ではなく、「国の法律を作るプロセスに、直接かつ合法的に介入できるシステム」を持っている点にあります。
今回は、シティが世界経済のルールメーカーとして機能する具体的な仕組み(メカニズム)を分析します。
5.1 独自の立法プロセスと「リメンブランサー」 シティが制定できるのは「条例(By-laws)」レベルの規則(市場の運営規則、橋や道路の通行規則、ハムステッド・ヒース等のオープンスペース管理規則)に限られ、国会が制定する「法律(Act)」や金融規制自体をシティが単独で作ることはできません。しかし、シティは「法律を作るプロセスに直接介入できる」という特権を持っています。
リメンブランサー (Remembrancer) の存在: シティには「リメンブランサー」という特別な法務官が存在し、英国議会(下院)の議場内、スピーカーズ・チェア(議長席)のすぐ近くに「専用の指定席」を持っています。
役割: 彼は国会で審議される法案を常時監視し、「シティの利益(金融業界の利益)を損なう条文が含まれていないか」をチェックし、ロビー活動を行います。
東京都での比喩(千代田区法務部長): この状況を日本で例えるならば、「千代田区議会が『金融商品取引法』を作ることはできませんが、千代田区の法務部長が国会議事堂の中に専用席を持っていて、金融庁や国会が作る法律の文言に直接イチャモンをつけることができる」という状態に等しいと言えます。
5.2 現代の「ソフトパワー」と国際銀行家組合(WCIB) 2001年に設立された比較的新しいギルドである「国際銀行家組合(Worshipful Company of International Bankers / WCIB、序列108位)」などは、現代の金融規制に対し以下のような影響力を与えています。
「チャタムハウス・ルール」による本音の調整: 公式なパブリックコメント(パブコメ)の場では言えないような、「この規制案は実務的に無理がある」「ここまでは許容してほしい」といった本音の擦り合わせ(腹芸)が、非公開の場(チャタムハウス・ルール:発言者の特定を避ける会議)で行われます。これにより情報の非対称性が生まれ、一般ニュースになる前の政策情報が共有されます。
「マンション・ハウス演説」への関与: 毎年6月に行われる財務大臣の金融政策演説(マンション・ハウス演説)の主要なホスト役を務め、演説後のバンケット(晩餐会)を取り仕切ることで、政府の意向を業界に浸透させる「伝達ベルト」の役割を果たしています。
行動規範(ロード・ジョージ・プリンシプル): 元イングランド銀行総裁エディ・ジョージの名を冠した行動規範を推進し、「法律さえ守れば何をしてもいい」ではなく、「銀行家としての徳(Virtue)」を説くことで、コンプライアンス文化の底上げを図っています(SM&CRの補完)。
フィンテック・暗号資産への関与: WCIB内の分科会では、フィンテックや「デジタルアセット(暗号資産)に関する英国の規制サンドボックス制度」についての議論が行われており、日本の資金決済法との比較検討などを含め、実務家としての共通見解を醸成しています。
5.3 影響力が世界に波及する「3段階のプロセス」 シティの影響力は、英国国内にとどまらず、以下のプロセスを経て世界標準となります。
第1段階:プロフェッショナルによる「合意形成」 リバリー・カンパニー(ギルド)に所属するトップ実務家たちが、新しい金融商品や規制緩和について、「使えるルール案(ロビー活動の原案)」を練り上げます。
第2段階:リメンブランサーを通じた「国家への介入」 シティ・コーポレーションはリメンブランサーを通じて英国議会に働きかけ、法案段階で修正意見をねじ込みます。これにより、英国の法律(Act)や金融規制(FCAルール)は、「世界で最も金融ビジネスがやりやすい法体系」にチューニングされます。
第3段階:英国法支配(English Law)による「世界への波及」 世界中のクロスボーダー取引(融資、海運、保険、M&A)の契約書の多くは、「準拠法を英国法とする(Governing Law: English Law)」と指定されており、紛争解決地はロンドンの裁判所が選ばれます。結果として、シティが英国法を調整することで、ニューヨークや東京の金融機関も、ロンドンのルール(OS)に従わざるを得なくなります。
日本の各ライセンスへの「OS」としての影響 日本の金融規制における第一種・第二種金融商品取引業や信託業、さらには昨今の資金移動業や第三者型前払式支払手段発行者の登録基準も、その多くはシティで練り上げられたグローバル・スタンダード(バーゼル合意やFATF勧告等)を日本法に「ローカライズ」したものです 。行政書士として登録・許可申請に携わる際、我々が対峙している要件の背後には、シティのプロフェッショナルたちが練り上げた「ビジネスが最もやりやすい法体系」の思想が、OSとして組み込まれていることに留意すべきです。
5.4 情報公開と法の外側(なぜ秘密が守られるのか) リバリー・カンパニーに対し、外部から情報公開を強制することは困難です。
FOIA 2000の適用外: 英国の情報公開法(Freedom of Information Act 2000)の対象は、中央政府、自治体、公的機関等に限定されており、王室特許法人であっても「私的チャリティ法人(private charitable body)」であるギルドは対象外です。
英国的立憲思想: 「法律を作るのは議会、意見を与えるのは誰でも自由」という考えに基づき、彼らは「助言・資金提供・制度設計への関与」にとどまるため、その影響力は合法とされています。
非公式の監視: チャリティ委員会(Charity Commission)による会計監査、メディアによる批判、ロビーイング登録制度といった非公式な監視は存在しますが、「公開しろ」ではなく「バランスを取れ」という発想で社会的に許容されています。
5.5 共同プロジェクトと現代的展開 個別のギルド活動に加え、連合体としての活動も強力です。
シティ・アンド・ギルド(City & Guilds of London Institute): 日本で言う「技能検定」や「ジョブ・カード」の仕組みを民間のギルド連合が規格化したものです。現在、世界80カ国以上で事業展開し、年間200万人以上に資格を発行しています。
ギルドホール音楽演劇学校: シティ自治体が主導し、多くのリバリー・カンパニーが奨学金や設備投資を通じて共同で支えている世界トップクラスの芸術大学です。
ロンドン市長への慈善活動(The Lord Mayor's Appeal): 毎年選出されるロンドン市長が掲げるプロジェクトに対し、12社(Great Twelve)が結束して巨額の寄付を行い、「シティの社会的責任」を示す共同広報戦略を展開しています。
5.6 人的浸透とインフラ支配の重層構造
シティのルールメーカーとしての地位を盤石にしているのは、法的特権だけではありません。実務レベルでは、ギルドメンバーである法律家や銀行家を規制当局へ直接送り込む「セカンドメント(人的出向)」が常態化しており、規制のドラフト段階から「ギルドのOS」を組み込んでいます。
また、国際会計基準(IFRS)などの世界標準を策定する機関を自らの区域内に誘致し、物理的なインフラを提供することで、「世界標準の孵化器」としての機能を果たしています。これらを支えるのが、情報公開の義務を免れた独自の自由裁量資金「シティ・キャッシュ」です。
行政書士としての分析によれば、シティの真の恐ろしさは、リメンブランサーという「議会の席」による直接介入と、これら非公式な「人的・財政的な浸透」が重層的に組み合わさり、「行政の正当性」と「民間の機動性」を都合よく使い分けている点にあると言えます。
6. 結論および考察:実質的な世界の支配者として
これまで5回にわたり、シティ・オブ・ロンドンという不可思議な自治体と、そこを支配するリバリー・カンパニー(ギルド)について解説してきました。
最終回となる本稿では、「これら111の組合こそが、実質的な世界の支配者ではないか」という仮説に対し、行政書士としての調査結果に基づく結論と考察を述べます。
6.1 「フローの成金」対「ストックの支配者」 イーロン・マスクやジェフ・ベゾスのような資産家は、資本主義というゲームの「プレイヤー(選手)」であり、株価暴落で資産が消える「フロー」の存在です。 対して、リバリー・カンパニーは、ロンドンの土地(フリーホールド)という1000年間価値が上がり続けている「盤石な実物資産」を保有する「スタジアムのオーナー」です。誰が試合に勝とうが負けようが、場所代とルール設定権で永続的に利益を得る「ストックの支配者」です。
6.1.1ライセンスという「入場券」の管理者 日本では、銀行業や不特法(不動産特定共同事業法)の許可、あるいは二種業の登録といった「ライセンス」が事業継続の生命線(入場券)となります 。リバリー・カンパニーは、これらのライセンス(入場券)のルールそのものを設計し、かつその舞台となる「土地(実物資産)」を1000年間保有し続けています。彼らは、事業者が一種業や信託業の免許を得て「どのような試合(ビジネス)」をしようとも、場所代とルール設定権によって永続的に利益を得る構造を構築しています。
6.2 「人材輩出」という名のOS支配 英国のエリート(皇族、政治家、法曹)の多くは、ギルドが設立・運営するパブリックスクールや大学(イートン、ハロウ、オックスフォード・ケンブリッジのカレッジ等)で育ちます。 イーロン・マスクはツイッター(X)で「世論」を操作しようとしますが、リバリー・カンパニーは「世論を作る人間(権力者)そのもの」を育て、彼らの価値観(OS)をインストールしています。
6.3 権力の不可視性 本当の権力(Establishment)は、「制度(Institution)」の中に隠れます。彼らは世界を「命令」して動かしているのではなく、「世界が動くための『舞台装置』と『脚本』を提供している」と言えます。所有者は報じられることを望まないため、マスコミも制度として許容されたエリート構造として扱います。
6.4 「サイバー・ゴシック」への進化:伝統を隠れ蓑にした先端支配
シティの真の驚異は、1000年前のギルド制度を維持しながら、同時にAIやフィンテック、暗号資産といった最先端のデジタル規制をも掌握している点にあります。彼らは古い羊皮紙に書かれた特権を盾に、現代のデジタル資産の「標準」を書き換え続けています。この「伝統という名の外装」に「最新の技術思想」を組み込む柔軟性こそが、彼らが単なる歴史的遺物ではなく、現代においても「スタジアムのオーナー」であり続けられる理由です。
6.5 統治モデルの輸出:グローバルな「法的島嶼」の形成
シティの影響力は物理的な「スクエア・マイル」に留まりません。彼らは「独自の司法・警察・英米法」というパッケージを世界中の金融特区へ輸出しており、ドバイやシンガポールといった拠点にシティのOSをインストールさせています。結果として、世界中の金融取引はロンドンの地を踏まずとも、シティが設計した「ルール」と「紛争解決の舞台」に従わざるを得ない構造になっています。
6.5.1デジタル・ライセンスの雛形 近年、日本でも注目されるデジタル証券(ST)やフィンテックに関わる資金移動業、あるいは小規模不動産証券化を担う不特法許可などの統治モデルは、シティが輸出している「独自の司法・法体系」というパッケージの影響を強く受けています 。彼らは伝統的な銀行業や信託業の枠組みを維持しつつ、同時にAIや暗号資産といった最先端のデジタル資産の「標準」を書き換え、世界中のライセンス制度の雛形を支配し続けているのです。
6.6 行政書士としての総括:国家と職能の新しい関係
我々日本の行政書士がシティの構造から学ぶべきは、「機能的自治(職業的自治)」の重みです。国家から与えられた権限を遂行するだけでなく、実務家たちが結束して社会のインフラ(法・信頼・ネットワーク)を構築し、それを行政の一部として機能させるシティの姿は、プロフェッショナルの究極の自律性を示しています。
シティ・オブ・ロンドンは、過去の遺産ではなく、我々が直面するグローバルかつデジタルな法務社会における「未来の統治機構」の一つの完成形なのかもしれません。
補足資料:その他のギルドおよび総括
補足1:現代の専門職組合(Modern Companies)の例 中世の商人だけでなく、現代の専門職もギルド化されています。
事務弁護士組合 (The Worshipful Company of Solicitors)
公認会計士組合 (The Worshipful Company of Chartered Accountants)
税理士組合 (The Worshipful Company of Tax Advisers)
経営コンサルタント組合 (The Worshipful Company of Management Consultants)
仲裁人組合 (The Worshipful Company of Arbitrators) ※もし日本に行政書士のギルドがあれば、「The Worshipful Company of Administrative Scriveners」として、ここに加わっているイメージです。
補足2:シティ・オブ・ロンドン 組織構造・完全図解(総括) 本報告書の総括として、シティの構造を5階層で定義します。
第1階層:場所(The Place) 「東京都の中にある、別格の『千代田区(丸の内)』」。2.9平方キロメートルの独立自治体。
第2階層:運営母体(The Body) 「シティ・オブ・ロンドン・コーポレーション」。行政機関でありながら巨大な私有財産を持つ特殊法人。「会長(ロード・メイヤー)」と「社長(タウン・クラーク)」の二元体制。
第3階層:所有者・ガバナンス(The Owners) 「選挙権を持つのは『住民』ではなく『ビジネスとギルド』」。企業(ビジネス票)とリバリー・カンパニー(市長選出権)が支配する株主のような存在。
第4階層:構成員(The People) 「約4万8,000人の完全階級社会」。マスター(社長)、コート(役員)、リバリーマン(正会員・有権者)、フリーマン(一般会員)のピラミッド構造。
第5階層:出力・影響力(The Power) 「ロビイングマシンとしての機能」。リメンブランサーを通じ、自分たちのビジネスに有利なルール(英国法)を作り、世界に強制する装置。